ホーム > お問合せについて
千葉聴覚障害者センター




  社会福祉法人 千葉県聴覚障害者協会
           理事長 植野圭哉


昨秋から、にわかに浮上した館山ろう学校の統合問題をめぐっては、当事者抜きに進めてきた千葉県教育委員会の手法と合理的配慮の欠如に対し、卒業生を中心に強い反発と抗議運動が展開され、それは瞬く間に全国に広がって、一大センセーションを巻き起こしました。

当センターには、千葉ろう学校同窓会や館山ろう学校卒業生及び関係者の方々からの相談や問い合わせが相次ぎ、あらためて、ろう教育のあり方について、決定プロセスに当事者参画を強く訴える必要性を痛感した次第です。

さて、今回、同窓会や卒業生、そして関係者の方々が、館山ろう学校の統合問題に対して、なぜ強い憤りと激しい反発を示し、それが抗議運動にまで発展したのか…、この問題について、当センターとして、卒業生、関係者などから相談を受けてきた立場から、問題点を整理して述べたいと思います。



(ア)情報保障に関する配慮の欠如
(イ)企画立案における当事者性の欠如と、社会的背景の論理的根拠との
   整合性の欠如
(ウ)ろう者文化やろう者のアイデンティティに対する理解や配慮の欠如


(ア)については、県教委が主催してろう者対象の説明会を開催したにもかかわらず、手話通訳や要約筆記の有資格者に依頼する予算がないことを理由に、現場の情報保障の担い手をろう学校の先生や寮母に依頼して、説明会が実施されました。
参加した聴覚障害者は、説明内容はもとより、質疑も不十分なままで終了する結果になったという、聴覚障害者に対する合理的配慮が欠如した状態で説明会がおこなわれた事実が発生したこと。これは、県教委に「手話通訳ができる」ことと「手話ができる」ことの違いについて正しい認識がなかったことに一因があったと思われます。昨年、千葉県において、行政における情報保障に関する「情報コミュニケーション保障に関するガイドライン」が策定された矢先での出来事であり、今回の説明会の段取りは、行政手続条例にも抵触する恐れさえありました。


(イ)については、ろう学校も含む教育問題の方針を議論する委員会に、聴覚障害当事者が構成員として参画していなかったこと。館山ろう学校統合の理由として、県教委は「ろう学校の生徒が少なくなった」ことを挙げていますが、一方で「聴覚障害者教育の環境づくりの継続」を表明するなど、二律背反の整合性のない回答をしており、統合の必要性についてなんら根拠のある説明がなされていません。また、館山ろう学校に入学する生徒の通学区域の決定方法についても、生徒数減少との因果関係が影響しているといわれながらも明らかにされていません。

 さらに、県教委は統合後の学校名について「特別支援学校」の名称にこだわっていますが、校名については、文部科学省からも「特別支援学校とは制度上の名称であって、校名については都道府県の裁量による」とコメントが出されているように、「特別支援」の名称に拘束される法的根拠は全くありません。卒業生関係者は、統合後の学校名から「特別支援」を削除するよう求めているのです。「ろう学校」は、手話を用いるコミュニティを通してアイデンティティを育み、人格形成の基幹となる空間です。このような当事者の思いや聴覚障害に特化した教育事情を斟酌(しんしゃく)しない県教委の姿勢に、卒業生ら関係者は不快感と強い反発をあらわにしています。

 また、館山ろう学校は、防衛庁(現防衛省)からの補助も加えて建設整備されたものであり、その施設は、聴覚障害教育のための環境として日本一とも言われています。このような施設の今後の有効活用についても整合性のある説明がなされていないこともあり、館山ろう学校統合後をめぐる当事者と県教委の温度差は埋められないまま、県教委の対応に対する卒業生らの不信感はさらに強まり、徹底抗戦の様相を呈しています。

(ウ)については、千葉県第3次障害者計画の中に、ろう学校の校名変更にあたっては卒業生ら関係者に事前に意向を確認のうえで対処していくという、県行政の見解が明確に示されたにもかかわらず、今回の統合問題については「ろう生徒への影響を考えて、卒業生や聴覚障害当事者などへのヒアリングなどを行わなかった」とのコメントが県教委から出されました。こうした県教委の、当事者を排除した進め方に「傷つけられた」という感想を寄せる卒業生がかなりの数に上っています。

 ろう学校は、手話言語を主軸としたろう者コミュニティの一つであり、かつ、ろう教育の拠点であって、卒業生は通常、心のよりどころとして母校に強い愛着と誇りを持っています。ろう学校の校名を「聴覚特別支援学校」などに変更することに対しては、全日本ろうあ連盟や地域ろう者協会、同窓会などは、強く反対の意を表しており、各地の県教委などとの間で議論が巻き起こっています。改称に反対する人々の心情として、「ろう」という語を自らのアイデンティティの一部と捉え、ろう者であることに誇りを持っており、かつ”特別支援”という言葉が、聞こえる人々の支援を受けるという意味合いが強く、アイデンティティの確立の観点からみても、ネガティブな用語としての受けとめ方にならざるをえません。今回の事例は、こうしたろう者たちの心情を理解しないまま、県教委独断の形で校名の改称が実施されようとしているケースと言えます。
同窓会や卒業生としては、館山ろう学校の在校生が皆無の状態であれば、館山ろう学校の存続には固執しない、という考えを示しています。



 

前述の3点について、ここに至るまでのプロセスにおいて当事者の参画が保障され、合理的配慮が講じられた段取りで進められていれば、解決できた事柄ではなかったかと思われます。
 今回は、当センターの相談事業の範疇で…として対処してきた事柄であり、
(ア)については説明会の再実施によって解決されましたが、残りの二点についても同窓会や卒業生の方々の気持ちに汲みながらの対処をしなければならず、
時として難しい判断を求められる局面もあると思われます。行政サイドに合理的配慮をお願いすべき点があれば、きちんと申し入れをしていく責任があると考えます。


Copyright(c)2010 千葉聴覚障害者センター All Rights Reserved.